梅光学院

BAIKO VISION〜梅光の未来を創造する〜

MESSAGE for BAIKO VISION

世界のグローバル化とミッションスクールの使命

現在の日本の教育において、「英語」の占める位置と内容が大きく変化していることは、誰もが感じていることでしょう。小学校での「英語」の教科化は目前ですし、中学、高校でも「英語で英語の授業を行なう」ことは当然のこととされ、授業内容は大幅に変更されています。大学では「社会に出て使える英語」の習得が強く求められ、梅光学院大学ではフィリピンのセブ島研修(1年)、オーストラリア研修(2年)、アメリカ・アイルランド留学(3・4年)という3段階のプログラムを用意し、学生たちの英語力の飛躍的向上を目指しています。

語学を学ぶのですから、使えるようになるのは当り前のはずですが、改めて言うまでもなく、これまでの英語教育は、つまりは受験のために存在していたので、身についたのは「英語」ではなく、「英語の知識」だったということになります。しかし、これは過去を単純に否定して済む話ではありません。

明治以降の、日本の近代化=西欧化の大波の中で、英語の習得は当然のことでしたが、それは主に英米の社会や文化の紹介と理解のためであり、日常的に英語を使うことではありませんでした。「極東」に位置する日本で、日本人が英語を使う機会は限られたものでしたし、何よりも、明治期の学者や文学者たちによって作られた翻訳語が、原語を知らなくても「西洋学」を学ぶことを可能にしたため、日本人の語学習得が生ぬるいもになったことは否めません。学問を「研究」し、「業績」をあげる・・・。「情熱」をもって「社会」を「改革」していく・・・。日本人なら誰もが使う言葉ですが、「  」の中の熟語は、諸外国語の概念を日本語として定着させるため努力した人たちの成果として誕生した言葉でした。

このように、新しく造語を考えたり、これまであった和語を使ったりして、翻訳語が次々と作られ、それは日本の「近代化」の成功の大きな力となったのです。しかし、すでに述べて来たように、それは日本の国内だけで通用する事柄であり、これからの時代では通用しないものとなりました。アジアはもちろんのこと、世界中の人々とつながって生きるためには、「使える英語」の習得がどうしても必要なのです。しかし、さらに本質的な問題があります。「グローバル化」への対応は、「英語の習得」によって果されるような簡単なものではないからです。

相手にメッセージを正しく伝え、豊かなコミュニケーションを持つためには、当然、現実をしっかりと受け止め、それを間違いなく解釈することが前提となりますが、それができるためには、自己の中に「思考する主体」がなくてはなりません。バックボーンと言う英語に従えば、「思考する背骨」という言い方の方がイメージが湧きやすいかも知れません。

かつての日本には「武士道」という「背骨」が確かにありました。封建時代を支えたこの「背骨」には長所も短所も当然ながらありましたが、新渡戸稲造の名著『武士道』(原文は英語)に示されていたように、たとえ武士でなくても、武士道精神は「日本人」を形成して来た「思考する背骨」であったことは確かなことでしょう。

現在の日本に、果してどのような「背骨」があるのでしょうか。世界のいたる所で秩序が崩れ、混沌化が進んでいる現在、日本人だけに通用する一人よがりのものではなく、世界の人々とつながりを持てる「思考する背骨」はどうしても必要です。しかも、それは「背骨の知識」であってはなりません。「実践」を生み出しつづける「背骨」でなければ、未来を切り拓くことはできません。それは、英語をとりまく状況と同じ本質を持っているのです。

日本には数多くのミッションスクールがあり、明治以来、一定の影響を日本社会に与えて来ました(特に女子教育)。また一定の評価も受けて来ました。都市部のミッションスクールに対する「オシャレな大学」「お嬢さん的な上品さ」という評価はその一端でしょう。しかし、そのような、いわば上澄みの、雰囲気だけの評価に甘んずることはもはやできません。若者たちにとって多難な未来が予測される現在、改めてミッションスクールの基盤である「キリスト教信仰」が問われなければなりません。神と、イエスキリストを見上げる信仰によってどのような「思考する背骨」「実践を促す背骨」が作り上げられるのか。それは、聖書のメッセージの一言一言が一人一人の人格を形造っていくということであり、それによってグローバル化と世界の混沌化という荒波に立ち向かうことのできる命の力を養うということです。

その意味で、中学・高校はもちろん、大学においても毎日行われている学院礼拝は極めて大きな位置を占めています。クリスチャン教職員による聖書の解きあかしはもちろん、ノンクリスチャンの教職員も、人生や人間の本質を熱く語り、学生たちは、伝統的な讃美歌だけでなく、自分たちに身近な言葉でゴスペルソングを歌い、さまざまなボランティア活動や海外研修の報告を行っています。わずか20分という短い時間ですが、このチャペルアワーが、「思考する背骨」「実践を促す背骨」を育てる大きな働きをしていることは、まことに喜ばしいことです。その延長上に本学で行われている日曜日の聖日礼拝も、常時20〜30人の学生が参加するようになって来ました。

現在、大学には、中国、韓国、台湾ははもちろん、タイ、ベトナム、ネパール、そしてアフリカからも留学生がやって来ています。このように進んでいるグローバル化の中で、梅光は、「ミッションスクールとして何をなすべきか」という原点を絶えず問い返しつつ、前進して参ります。

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By Shinji Nakano

学校法人 梅光学院

学事顧問

中野 新治

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