
国際言語文化学部 英語英文学科
英米文学専攻 20113月卒業生
末永 彩子さん
山口県 梅光女学院高校出身
●高校生の頃のこと
英語が好きだったこともあり、英会話クラブに所属していました。ところがある時、ネイティヴ・スピーカーの方と話す機会を得たのに会話が弾まず、悔しい思いをしました。それで高度な英語力を身につけることを目標に、長期に留学しても4年間で卒業できる梅光学院大学に進むことにしました。ネイティヴ・スピーカーの先生の指導や少人数クラスの授業など、語学習得に最適な環境が学内に整っていることも魅力的でした。
1年次
"英語漬け"の毎日がとっても楽しくて 意気込んで臨んだネイティヴ・スピーカーの先生の授業でしたが当初は戸惑いが大きく、「出席したくない」と思う日もありました。でも「ここで挫けたらダメ!!」と自分を叱咤激励、授業を受け 続けた結果、ヒアリング能力が飛躍的に伸長。"英語漬け"の毎日も楽しくなりました。
2年次
留学をきっかけに目標を英語科教員に オーストラリアの南クイーンズランド大学に2カ月間、語学留学。現地では日本語を学ぶ中学生ともふれあいました。その経験から、外国語教育に興味を覚え「英語科教員になろう」と決意。帰国後は3年次の交換留学と教職課程を両立させるため、特別履修プログラムを受講して頑張りました。
3年次
交換留学中の体験を生徒に話すことが目標 米国インディアナ州立大学で10カ月間、交換留学生として勉強しました。予習・復習に追われる毎日でしたが、サポート担当の現地学生(チューター)と親しくなり、クリスマス休暇は彼女のファミ リー宅に滞在。教壇に立ったら、実体験した米国の暮らしを生徒に話し、英語を学ぶ意欲向上につなげたいと思いました。
4年次
生徒各々の個性を伸ばせる教員へ 帰国後、私を待っていたのは母校・下関市立長府中学校での教育実習。クラス全員が積極参加できる授業を行うことをはじめ、多くの課題を自覚しました。今後の目標は計12カ月間の留学経験を土台として英語指導力を高めつつ、本学の先生方のような"生徒一人ひとりの個性が伸ばせる教員"になることです。
国際言語文化学部 英語英文学科
英米語学専攻 20113月卒業生
津島 綾香さん
福岡県 福岡海星女子学院高校出身
●高校生の頃のこと
本学を卒業した伯母から「素晴らしい4年間が過ごせた」とよく聞いており、高校生になる前から梅光学院大学に進みたいと思っていました。英語が苦手で国語が得意でしたから、志望は日本文学科でしたが、高校2年生の夏にカナダでホームステイを経験、「英語が話せると世界が広がる!!」と知ったことをきっかけに方向転換することに。周囲に「ムリするな」と言われつつ、英語英文学科に入学しました。1年次
"英語が苦手"な私を先生が支えてくださった 高校で"英語が苦手"だった私ですから、入学当初はとても苦労しました。しかも1年数カ月後には2カ月間の語学留学が控えていました。「ひたすら勉強する毎日を過ごそう」と覚悟して自習を重ね、学科の先生のもとへも足繁く通いました。先生も親身になって教えてくださり、秋には授業についていけるようになりました。
2年次
2 カ月間の語学留学で英語力が飛躍的に伸び 語学留学はとても楽しく、英語力も飛躍的に伸びました。でも現地の方々と交流するほどに「もっと聞けて話せたら、もっと楽しいのに」と思ったのも事実。帰国後はネイティヴ・スピーカーの先生の授業はもちろん、放課後も大学の"E-Learning"システムをフル活用し、努力を続けました。
3年次
懸命に訓練していたら就活を始める時期に 英語を学問として探究すると同時に、通訳養成のレッスンが受けられることに魅かれ、専攻は英米語学を選択しました。ところが仲間のレベルが高く、またもや苦労することに。それをバネにして訓 練し、"音速"のような会話が聞き取れるようになったのも束の間、気づけば就職活動を始める時期になっていました。
4年次
憧れのテーマパークが私を待ってくれていた 家族で何度も訪れたテーマパークからの求人を学内で見つけた時は驚きました。また、そのテーマパークには国内トップランクのホテルもあり、培ってきた国際感覚が生かせると考えてエントリー。難関でしたが夏に内定をいただきました。これまでの努力がホテリエになることに結びついたのだと思います。
国際言語文化学部 英語英文学科
国際ビジネス専攻4年生 20113月卒業生
江越 美香さん
福岡県 八幡中央高校出身
●高校生の頃のこと
趣味はサックスの演奏、得意科目は数学。というと個性的に思われがちですが、自分自身は"ごく普通"の高校生だったと思っています。英語はさほど得意ではなかったのですが「どんな仕事に就くにしても今後は英語力が必要」と考え、英語教育の質の高さが評判だった梅光学院大学を進学先に選びました。その頃はまだ、職種については具体的に考えていませんでした。1年次
"自分さがし"をしつつ勉強に集中していたら 「卒業後どんな仕事がしたいのか」。勉強を頑張るためには目標が必要ですから、入学時から"自分さがし"をしていました。でも考えるほどに迷いは増すばかり。しかも英語のクラス分けテスト の点が不思議と良くて、待っていたのはハイレベルなレッスン。目の前の勉強に集中していたら、1 年間が経っていました。
2年次
語学留学が楽しくて英語を使う職を意識 オーストラリアでの語学留学は、私にとって初の海外体験。2カ月間とても楽しくて、英語力についても「今は未熟でも卒業時は大丈夫」となぜか楽観。「3年次で国際ビジネスを専攻して"英語を使う仕事"に就こう」と考えるようになりました。その仕事が何なのかは具体的ではありませんでした。
3年次
貿易を学んだことで目標が明らかに かつて銀行の国際部で働いておられた先生のゼミで貿易について学んだ際に「これこそ私のさがしていた仕事!!」と直感。それからはビジネス英語を懸命に学ぶと同時に、ゼミで輸出入の仕組みに関して専門的に勉強しました。夏には海運企業でインターンシップを行い、就職活動も貿易関連をターゲットに絞り込みました。
4年次
採用内定に浮かれず通関士の勉強を始める 下関を拠点とする輸出入系企業から内定を得たのは夏頃。目標とした仕事に就けるうれしさは格別でした。また4年間で身につけた英語力だけではなく、貿易実務に通じておくことを目指して通関士 の国家資格取得に向けた勉強をスタート。試験は"超"がつく難関ですから、就職後も突破できるまで勉強し続けます。
国際言語文化学部 英語英文学科
児童英語教育専攻4年生
品川 真友美さん
山口県 大津高校出身
●高校生の頃のこと
「子どもたちに英語を教えたい」と漠然と思っていました。どうしたらその夢を叶えられるのかわかりませんでしたが、確かな英語力だけは身につけなければと感じていました。そんな時、本学を卒業し、今はアメリカに留学中の姉からネイティヴ・スピーカーの先生と楽しく勉強している話を聞き、梅光学院大学への進学を決めました。1年次
"英語漬けの毎日を自分に課した1 年間 英語英文学科では1年次、早く英語に慣れることを目標に、ネイティヴ・スピーカーの先生の授業が毎日のように組まれています。また他の英語授業もレポート提出や小テストが多く、ハードですが英語力が高まる実感があって楽しめました。帰宅後もアメリカのドラマをDVDで観るなど、英語漬けの1年間を過ごしていました。
2年次
TOEIC のスコアの予想外の低さがバネに 「あの頑張った毎日は......」と哀しくなるほどTOEICのスコアがアップしなくて大ショック。でも児童英語の指導者になることを中学生の頃から目指していたので、ここで挫けるわけにはいかないと思い、スコア・アップにつながる勉強はもちろん、日々の授業にも集中して頑張り続けました。
3年次
児童に英語を指導するプロになるための毎日 「子どもに正しい英語を教えるプロを育てる」。そんな島幸子先生のゼミで猛特訓を受ける毎日。小学校でのボランティア活動にも取り組み、児童に英語を指導する難しさとも向きあいました。秋頃、知らされたTOEICのスコアは850点突破。これまでの成果が表れ、自信がつきました。
4年次
今がんばって得るのは"人生の糧"そのもの 児童の手本となる発音レッスン、TOEICのスコア900点突破のための勉強、小学校での英語指導実習、そして就活。ハード・チャレンジが続く4年次ですが、乗り越えて得るのは"人生の糧"となるものばかり。私が英語を教えた子どもが国際社会で活躍する20数年後を見つめ、今を懸命に過ごしたいと思っています。






















