2nd step⑪ 韓国で学んだ「情」の文化

5ヶ月間の語学留学を振り返って一番印象に残っているのは、韓国の文化「情」についてです。

今回の語学留学を通して、韓国人は人との繋がりをとても大切に考えるということを知りました。例えば、聖堂の礼拝に参加した際、初めて来た私たちをとても歓迎してくださり、一緒に食事をして、また礼拝に参加できるように連絡先を教えてくださるなど、とても親切にしていただきました。

また、寮で同じ部屋になった韓国人の友達は、困ったことがあるとすぐに助けてくれ、韓国語の勉強でわからないところがあると詳しく教えてくれました。その友達とは、寮の食事など、たくさんの時間を一緒に過ごしました。日本では一人になる時間もたくさんあるので、最初は戸惑いもありましたが、韓国では一人で行動するよりも複数人で行動し、困ったことがあると一緒に解決するのが普通なのだと知りました。韓国人の「情」を強く感じる一面でした。寮の休憩所にいると韓国人の友達がきて、その友達の友達も来て、最後はみんな友達になり、寮でたくさんの韓国人の友達ができました。寮で知り合った韓国人の友達と一緒にご飯へ行ったり、買い物をしたり、韓国人しか知らないようなところへも行き、とても充実した寮生活を送ることができました。大学が夏休みに入ると韓国人の学生は寮を出て帰省しますが、わざわざ自宅から学校の寮まで来てくれて、私たちのために一人一人へのプレゼントと手紙、手作りケーキまで用意してくれました。
留学は終わってしまいましたが、これからも留学で出会った友達たちとは連絡を続け、一生の友達と言える関係を築いていきたいと思います。韓国でたくさんのことをしてもらったので、友達が日本にきたときには、私たちがその恩を返したいと思います。また、私が韓国でしてもらったように、日本で困っている外国人や留学生がいたら積極的に手を差し出して、彼らが日本でいい思い出を作れるようにしたいと思いました。今回の留学で楽しいこともあれば、反面、きつく大変なこともありました。しかし、そのきつくて大変なことも友達の助けを借りて乗り越えることができました。韓国だけでなく日本でもそのような「情」が増えるといいなと思い、まずは私自身がそのように行動していかなくてはならないなと感じました。留学で学んだことや感じたことを忘れずにこれからの生活で活かしていきたいと思います。

東アジア言語文化専攻
2年 濱田美瑠

2nd step⑩ 留学でわかった韓国語上達のコツ

5か月間の語学留学が終了した。韓国に来た当初は帰りたい気持ちでいっぱいだったが、いざ帰るとなると寂しさと、もっと現地で学びたいという気持ちがあふれてきた。言語を学ぶ上でどのような方法で勉強すればいいのか、何から手をつければよいのか、日本にいたときは分からなかったが語学堂での授業を通して明確に分かった。

まずは声に出すことが最重要だと感じた。語学堂でのクラスメイトや寮のルームメイト、違う部屋の友達と話すと、その度に語彙力が伸びたように感じた。最初は分からない単語を調べて話していたが、途中からそれをやめて、自分が今持っている単語や文法を使って話すようにした。それで理解してもらえると、自信が出た。また、知らない単語をその場で調べると、相手を待たせてしまったり、何の話をしていたのかを忘れてしまうのでコミュニケーションに支障が出る。知っている簡単な単語に置き換えて話すことによって、友達が「あ~、これのことね!」と教えてくれて新たな知識を覚えることにもつながった。

買い物の際、多くの店員の方は、私に日本語で接客をしてくれたけれど、私は負けじと韓国語で返していた。すると、韓国語で接客をしてくれて、それも良い勉強になった。その会話の中に語学堂で習った文法や単語が出てくることが多くあったため、用途や使うタイミングも知ることができ、効果的に復習をすることもできた。

一方、今回の留学生活で最も後悔したことは日本人と日本語で話してしまっていたことだ。はじめての海外での長期滞在のため危険なことがあったらと不安に思い、ひとりで行動することはあまりなかった。韓国人とふたりで会話することもほとんどなく、日本人複数人と韓国人複数人での会話がほとんどだった。韓国人が一人に対し、日本人複数人のときには、何の話をしているかわかるように日本人同士でも韓国語で会話をしていたが、お互いに複数人でいるとどうしても母国語で話してしまうのだ。勇気を出して韓国語で話す機会をもっと多く設けていたらより上達していただろうと思う。

この5か月を通して、これからすべきことやしたいことなど、自身を奮い立たせてくれるものが多くあった。まずは、語学堂で学んだことを復習しながら、教材は違ったとしても同じような勉強法を実践していく。そして、SNSでつながっている友達ともこまめに連絡をとる。そして、次回のTOPIKに向けての勉強にも力を入れる。夏休みの2か月間を有意義に過ごし、精進してきたいと思う。

東アジア言語文化専攻
2年 吉岡美里

2nd step⑨ 5か月間の寮生活のなかで

5か月間という長いようで短い時間の中で韓国語の授業を受け、文化を学び、仲間たちから刺激を受け、考え方の違いに悩まされたりしながらも様々な経験をすることができた。

その中でも寮での生活は私にとって忘れられない思い出のひとつとなった。日本でも寮生活をしたことがなかった私に韓国人と共同生活ができるのだろうかと不安でいっぱいだったが、3月1日に人生初の寮生活がスタートした。ルームメイトは1年生が2人、3年生が1人と私の4人部屋だった。最初に話しかけてくれたのは1年生の子だった。何もわからない私に優しく声をかけてくれてとても嬉しかった。それからすぐに仲良くなり、他の部屋の人達も一緒に寮の一階にある卓球場で卓球をした。それから、ご飯に誘ってくれたり、一緒に天安に行って買い物をしたり、ルームメイトの誕生日を祝ったり、お菓子を分けてくれたりと何気ない出来事でさえも私にとっては嬉しかった。

しかし、楽しいことや嬉しいことがある反面、苦労したこともあった。ルームメイトが毎日部屋で電話をしたり、夜でも大声で話したり扉を強く閉めたりと、共同生活をしていると些細なことでも気になってしまってストレスが溜まることも多かった。日本と韓国の歴史について夜な夜な話をすることもあった。もちろん歴史から目を背けるのは良くないし、考え方も人それぞれだとは思うけれど、日本人を相手にしても自分の意見をはっきりと言うところには正直驚いた。

寮では毎朝、毎晩欠かさずに食堂でご飯を食べた。初めは「辛い」と感じていたが、食べていくうちにご飯が一日の楽しみになっていた。食べたことのなかった韓国料理も食べることができて良かった。水曜日は特食で普段より少し豪華なメニューだった。

5か月間韓国で生活して、韓国語の勉強だけではなく、韓国人との考え方の違いや、韓国料理の美味しさ、韓国の良いところも悪いところも知ることができた。また、日本に住んでいたら気づかなかった日本の良さにも気づくことができた。これらは、寮生活をしてみないと分からなかったことである。毎日お世話になった寮とももうお別れだと思うと寂しい気持ちと、やりきったという気持ちが混ざって複雑な気持ちだ。この留学は私にとって一生忘れられない思い出となった。

東アジア言語文化専攻
2年 松木奈子

2nd step⑧ アン先生との体験授業~臨津閣(イムジンガク)訪問~

一学期の「語学堂」での授業が終わり、アン先生との体験授業が始まりました。今回、私がレポートに書く内容は、特に印象に残っている6月8日に行った臨津閣(イムジンガク)についてです。

臨津閣という場所は、“韓国で一番北朝鮮に近い場所”と言われています。“南北分断の象徴”というイメージを持たれていますが、現在では、平和の大切さと統一の重要性を知らせる平和公園として、重要な役割を担っています。

自由の橋に掛けられたメッセージやリボン

私はもともと戦争などに興味や関心はあったものの、今回訪れた臨津閣で起こったことや、韓国と北朝鮮の戦争問題について深くは知りませんでした。実際に臨津閣に訪れると、そこには南北分断の際にできた生々しい傷跡たちがまだまだ多く残っていました。特に私が印象深かったのは、“自由の橋”です。

自由の橋とは、停戦後、韓国軍の捕虜12,773人が北朝鮮から帰還する際に使われた橋です。この橋を渡って自由の身となり、韓国に戻って来たことから“自由の橋”として命名されました。現在では、臨津閣を訪れた観光客のマストスポットとして多くの観光客が訪れています。この日も、私たち以外にも多くの外国人がいました。また、意外にも韓国国内から来られた方も多く、とても驚きました。橋の先には南北統一の願いや北朝鮮の人々への思いを綴った多くのメッセージやリボンがあります。この橋とこのメッセージを目にして、この場所で多くの方が家族と離れ離れになり、多くの方が亡くなるという悲しい現実が起こったことにとても胸が痛みました。

臨津閣では、離散家族の断腸の念と統一への願いが込められた常設祭壇や爆撃を受けた長湍駅の蒸気機関車などを写真に収めることが出来ました。この場所はアン先生との授業がなければ訪れることはなかった場所です。

離散家族の念と統一への願いが込められた常設祭壇

蒸気機関車

私は帰宅して臨津閣について調べました。ここは平和の大切さと統一の重要性を知らせるために造成されていることが分かりました。今回臨津閣を訪れるまでは、知らなかった南北の問題を自分の体で感じることができ、韓国と北朝鮮(南北)に対する興味関心がより一層増し、もっと韓国と北朝鮮の歴史問題について学んでいこうと思うようになりました。

平和のリボンが掛けられた鉄格子

アン先生との授業も終盤に差し掛かりました。6月末からは新たな級での語学堂の授業が始まります。そのため、予習復習のサイクルを確立し、より一層韓国語の勉強にも取り組みたいと思います。

東アジア言語文化専攻
2年 西村みるき

2nd step⑦ 韓国留学4か月を過ごして感じた成長

現地学期留学(2nd step 語学留学)を南ソウル大学で過ごして4か月が過ぎようしています。こちらに来た当初は右も左も分からず生活に慣れず体調を崩してしまったこともありましたが、4か月が経った現在ではとても充実した生活を送ることができています。今回私が書きたいのはタイトルにもあるように今学期の「語学堂」で私が何を学び、どのよう部分が成長できたと感じたのかという部分についてです。4か月という短い期間ではありますが、紹介していきたいと思います。

語学堂の授業は、来韓当初に行ったTOPIK(韓国語能力試験)の結果をもとにクラス分けを行いそれぞれの教室に振り分けられました。私は所持級より一つ上のクラスでのスタートとなり、最初は不安でいっぱいでした。教室内には日本人は私一人しかおらず、皆自分の国の友達と集まっていたからです。

私は元々人見知りということもあり、自分から進んで話しかけるという事がとても苦手でした。なので、この瞬間も“教科書を見せてほしいけれど、どうやって話しかけようか”ととても悩んでいました。すると、中国人の女の子が“教科書を一緒に見よう”と声をかけてくれました。この一言が無ければ私はこのクラスに溶け込むことはできなかったと思います。その子が話しかけてくれたおかげで、他の国の子も私に沢山話しかけてくれ、どんどん仲良くなっていくことができました。なかには日本にとても関心があり、日本のアニメやファッションが好きで日本語を教えてほしいと言ってくれる子も居り、とても嬉しかったです。また、私のクラスの先生も日本に関心が高く、先生とのコミュニケーションも良く取ることができました。

最初に話し掛けてきれた中国人の友達

そんな語学堂のクラスの中で、반장(クラスリーダー)を決めることになりました。もちろん私は人見知りで自ら前に出る性格では無かったため、黙っていました。すると、ベトナム人の友達が“伽歩が良いと思う!”と私を推薦してきました。先生も私が適任だと言います。初めはなぜ私が選ばれたのか分からず“どうして?”と疑問に感じながらリーダーをしていました。しかし、クラスリーダーとして仕事を頼まれるようになり、私自身にも変化が生まれ始めました。リーダーという役割を担ううちに、クラスの子をもっと知りたい、もっとクラスのために何かしたいと感じるようになりました。そして、発表や試験の準備、順番を決めるといったことをする時、率先して自ら手を挙げることが増えてきました。欠席や遅刻もすることなく、中間試験ではまずまずの結果でしたが、最後の期末試験では良い成績を取ることができました。

こうして今学期の「語学堂」での自分を振り返ってみると、自ら率先して手を挙げるようになったことや、クラスのために何かをしたいと思うようになったこと、良い成績を取れたことなど、留学に来る前には想像することの出来なかった自分の姿だと感じ、このクラスでの学びは私にとって大きな力になったんだと感じます。

今学期の「語学堂」最後の授業では授賞式というものがあり、三つの賞が授与されます。私はクラスメイトが来る前に先生に呼ばれました。何か怒られるのかと思ったが、先生から意外な言葉をもらいました。“三つの賞のうちクラスに貢献した人に与える「模範賞」を伽歩に挙げたいが、あなたは一番成績が良かった人に与えられる賞をもらうことになった。だから、クラスで二番目に模範として頑張ってくれた友達に譲ってくれないか”という話でした。もちろん私は譲ることを快く受け入れました。何より私が一番うれしかったのは、そのような言葉をかけて頂いたことです。毎日遅刻と欠席をしないで学校に行くこと、出された課題をこなすこと、ミニテストや単語テストもしっかりとすることなど、私の毎日の積み重ねや、努力をしっかり見てくれている人がいるということがとても嬉しく、自分自身の学びを実感することができました。

語学堂で頂いた賞

韓国での生活も残り一か月となりました。この学びを無駄にしないよう、一日一日を大切に、多くのことを吸収し、学び、感じ、体験し、楽しみたいと思います。

エバーランドに行った際にクラスメイトと撮った写真

東アジア言語文化専攻
2年 高橋伽歩

2nd step⑥ 留学生活も折り返し地点!

南ソウル大学に来てもう三か月が経ちました。最初は長いと感じていた半年という留学ももう半分を切ってしまいました。その時間を充実に過ごせたのかをこのレポートを通して振り返ってみようと思います。

●学科の授業について
私が選択した専攻科目の授業は、不動産学科、国際流通学科の授業です。その中でも不動産学科の授業は思ったよりも理解しやすかったように思います。理由は二つあります。

一つ目は、韓国の不動産に関する法律は日本の法律を翻訳して作られたため、聞きなれた用語が多かったことです。韓国の学生にとっては、初めての単語でも日本人にとっては聞きなれた単語がありました。授業中に、『公共』の意味を聞かれ答えただけであれほど得意な気持ちになれたのは韓国だからだと思います。

二つ目は、担当教授が漢字に堪能だったからです。この授業の担当教授だけでなくほかの授業の教授の中にも、日本人留学生にとって難しい単語などは漢字を交えて説明してくださる方が多かったので、理解しやすく、漢字を知ることで難しい単語も覚えやすくなりました。

●大学祭について
大学祭の一週間ほど前から、今回の学祭の出演歌手が発表され、部活動別の出店の広報対決がSNSで熱く繰り広げられる中、私は周りの友人たちの様子がおかしいと感じていました。聞くと、今年度から学祭でのお酒の販売が禁止になったそうです。未成年の飲酒禁止、夕方撤収の日本の大学祭しか経験したことのない私からしてみればそれが当然のように思いますが、彼らにしてみれば大学祭とお酒の関係は切っても切れない関係なのだそうです。日本の文化と韓国の文化の違いを肌で感じた瞬間でした。

また、学生によるのど自慢大会でも韓国の学生と日本の学生の違いを感じました。私も出場し、残念ながら予選敗退してしまったのですが、まずリハーサルは2時間越えでした。相当な人数が応募したのだと思います。日本でもし学内のど自慢をした場合、韓国の学生のように自ら応募し大勢の前で歌う学生が何人いるだろうかと思いました。どちらが正しいというわけではありませんが、韓国人学生のエネルギーは素晴らしいと思います。定番の소떡(串にソーセージとトックを交互に刺した食べ物)をはじめ、最近はやりのヘナタトゥーまで、出店の種類が多様で見て回るだけでも楽しかったです。

●韓国の教会について
同じ授業を受けていた日本語学科の韓国人の生徒と仲良くなり、その方が通う教会に招待していただくことになりました。
はじめは緊張しましたが、日本語教室も開いているというその教会では、日本に興味をもってくださる方々が多く、日本人の私たちを優しく歓迎してくださいました。韓国の方々の情を肌で感じた瞬間で、私も出会いを大切にしていきたいと思いました。

これからの残り二か月をより充実なものにするため、もっと積極的に韓国の方々と交流し、文化交換だけでなく、様々な考えに触れていきたいと思います。

東アジア言語文化専攻
2年 佐藤由理

2nd step⑤ 様々な国からのクラスメイトとの学び

先日、語学堂での1学期間の学びを修了しました。振り返ると、本当に常識が覆されるようなことばかりで、毎日を新鮮な気持ちで過ごせたように感じます。

クラスメイトは計20名ほどで、日本人が自分を含め2名だったため、当初は不安しかありませんでした。他の生徒の出身地はベトナムを始め、モンゴル、中国、ウズベキスタンと、本当に多様でした。授業を通して、国や文化の違いは凄まじいものだと感じました。

まず、驚いたことは、遅刻や欠席者が非常に多かったことです。そして、遅れても、彼らはコンビニのホットドッグなどをカバンから出して食べたりしています。中には30代に近い人もいたのに、平然とそのような行動をとっていました。

しかし、もっと驚いたのは、彼らは授業の予習はほぼ完璧で、授業に出てくる単語はもちろんのこと、授業でやるワークブックまで終わらせていたということです。そして、積極的に発言をする姿勢では日本人は到底敵わないものでした。

彼らは私たちにも、とても友好的で、よく話しかけてくれ、まだ拙い韓国語で会話をし、時には英語やジェスチャーも交えて何とか意思疎通を図ろうとしてくれました。韓国人ではないアジア系の人達と、韓国語で話すというのは何とも不思議な感覚でした。それと同時に、共通語があるというのはなんと素晴らしいことだろうと感じました。そして、もっと色々なことを話してみたいと思うようになり、それがやる気に繋がりました。

また、授業を通して色々な国の文化を知ることが出来ました。しゃぶしゃぶは、中国でも同名で存在していたり、モンゴルでは馬の乳を飲んでいたりと知らないことばかりでした。オススメされなければ、一生聴くことはなかったであろうV-POPなどもとても興味深かったです。そして彼らもまた日本にとても興味を持ってくれました。日本語や、日本の歌などについて、たくさん質問されました。ベトナム人が、「こんにちは」と話しかけてくれたり、ウズベキスタン人が母国では日本のドラマである『おしん』がとても流行っていたと教えてくれたりして、日本の知名度は考えていたよりも高かったことを知り、とても誇らしくなりました。

授業の中で、1番心に残っていることは스승의 날に、先生を囲み、皆でケーキを食べたことです。
日本には母の日や、敬老の日はありますが、先生の日というのはなかったのでとても珍しい体験ができたように感じます。先生に感謝の気持ちを伝える日というのは、韓国らしいと感じました。一般的には、花をプレゼントしたりするらしいのですが、ケーキでも先生はとても喜んでくださりました。

語学堂では、様々な出会いを通して、韓国の文化はもちろん、世界の文化までを知ることが出来ました。この貴重な体験に心から感謝し、2学期も悔いの残らぬ生活を送りたいと思います。

東アジア言語文化専攻
2年 島津 那奈

2nd step④ 平昌パラリンピックへ고고씽!

私たちがここ、南ソウル大学に来て早くも2か月が経とうとしています。日本にいる時よりも二倍程早く時間が進んでいるように感じるのは、日々学ぶことが多く、こちらでの生活が充実しているからでしょうか。

それというのも、韓国語学習者である私たちにとって、韓国の地ではあらゆる物が私たちの学びの対象になります。毎日の授業はもちろん、看板や寮内での放送、掲示物、韓国人の友人達との会話、飲食店やカフェでのメニュー。全て私達の勉強材料となるため、たった2か月とはいえ、“収穫“がとても多かったように感じます。

韓国ならではの経験もたくさんできました。なかでも、3月にカンヌンで行われた平昌パラリンピックを観に行けたことは本当に貴重な体験だったと思います。私たちが観戦したのはアイスホッケーの試合です。日本チームは惜しくも韓国に敗れてしまいましたが、私たちが応援していた高橋和廣選手は期待に応え、見事にゴールを決めてくれました。

試合後 高橋和廣選手と

私はこの試合を観るうちに何度もこう思いました。「オリンピックではなく、パラリンピックを観に来ることができて本当に良かった…!」と。一所懸命にプレーする選手達の姿に何回もウルっときて、全身に鳥肌が立ちました。本当に一生忘れられない、感動的で素敵な経験でした。

応援幕 友達と協力して作りました!

また、会場のカンヌンまでは、アン先生と、その教え子の方が車で運転して連れていてくださったのですが、行きがけのパーキングエリアで韓国人のヘビンが巻いてくれたのり巻きを食べながら皆で話をしたのも楽しい思い出です(ヘビンは韓国で日本語を専攻している学生で、私たちが韓国に留学するよりも前の今年1月にアン先生とともに梅光に来てくれました)。

この2か月間の中で、私たちは、独立記念館も訪問しました。そこでは、日韓の歴史について、私は恥ずかしながら浅い知識しか持っていなかったということに気づきました。ガイドさんの説明を一時間くらい聞いた後、もっと知りたいと思うことがどんどん出てきたので、自由時間の間に建物内の全てを見て回りました。言葉では表しきれない程の残酷な真実を目の当たりにし、何とも言えない感情を抱きました。このようなことが実際に行われていたのかとあまりにも信じがたいその事実に触れ、全身に冷気が走りました。独立記念館を離れた後も頭の中ではずっとそのことが離れなくて、その日は一日中心が重かったのを覚えています。私たちは知らなければいけないことをあまりにも知らなすぎるのだと思いました。

毎日頭に入りきれない程の知識とたくさんの経験をすることができ、留学の醍醐味はこういうことなのかもしれないと感じています。寮生活ということもあり、韓国人の友人もすぐにできたし、韓国人が朝起床して夜就寝するまでどのような生活をするのかも知ることができました。とても有意義な留学生活を送れているのではないかと思います。言語の壁にぶち当たったときにも、語学堂で一緒に学ぶ友人や、一緒に日本から来た梅光の友達がいるおかげで、挫けることなくむしろ向上意欲が芽生える一方です。3か月後にどれくらい心も知識も韓国語も成長しているのかが、今一番の楽しみです。

文学部 人文学科 東アジア言語文化専攻2年 京極玲奈

2nd step③ 初めての中間考査

韓国に来て2か月が経とうとしています。学食でおいしい料理を発見したり、学内のカフェを巡ってみたりと、ようやく生活や周りの環境に慣れてきました。楽しみもたくさんありますが、4月はとにかく勉学に励んだ1か月になりました。なぜなら、留学後初めての中間考査があったからです。

中間考査は1か月半の間に学んだことが韓国語能力試験(TOPIK)形式で出題されます。中間考査の結果は目標には達することができず悔しい思いをしましたが、クラス内では総合得点と分野別の得点の両方で1位を取れたので嬉しかったです。来月には期末考査があるので、そこでは自分の満足する点数を取れるようにもっと努力したいと思います。

私は日本にいるときと同様に、寮で生活しているのですが、試験期間中は普段以上に日本と韓国の寮の違いを感じることがありました。

夜食配布(これでもほんの一部!!!)

まずは、寮に住む学生全員にカップラーメンやお菓子などの夜食が配られたことです。現在滞在している韓国の寮には何百人もの学生が住んでいるので、全員に配られたということにすごく驚きました。

それから、韓国人のルームメイトが深夜に3~4時間も勉強していたことにも驚きました。明るい部屋で寝るのは少し大変でしたが、私ももっと勉強しなくてはという刺激になりました。

また、韓国では先輩が後輩へ勉強のアドバイスをしている場面もよく目にします。韓国人は情が深いということを改めて感じました。

4月は試験があっただけでなく、午後からの授業では様々な課題が出されました。伝統文化の授業では日本の鬼について韓国語で説明文を書くという課題に取り組み、文化コンテンツの授業では、2人1組で日本の神話を韓国語で紹介するというプレゼンテーションも行いました。韓国人の教授や学生の前で発表するのは初めてだったので手に汗を握るほど緊張しました。どうやったら韓国人により伝わりやすいのかを試行錯誤してパワーポイントを作りました。本番は緊張しましたが、無事に発表できたのでよかったです。

プレゼンテーションの様子

4月は中間考査や授業の課題に追われ、忙しくも刺激的な日々を送ることができました。韓国人のバディーともいろいろな計画をしているので、もっと韓国について知れたらいいなと思っています。また、勉学だけでなく運動をして体調管理を徹底しようと思います。5月は4月以上に勉強して、半年後に後悔しない留学生活を送りたいと思います。

文学部 人文学科 東アジア言語文化専攻2年
小屋松愛美

2nd step② 天安市についてご紹介します!

南ソウル大学に来て1か月が経ちました。1週間目は、大学内の建物を探すのも大変という感じだったのが、大学内の地理や天安市の交通が分かってきて、週末など授業以外の時間も楽しめるようになってきました。

南ソウル大学の位置する忠清南道の天安市はホドゥカジャという胡桃のお菓子や独立記念館があることで有名な都市ですが、留学することを決めるまでは知りませんでした。「交通手段の天安」と呼ばれていて、韓国の交通の中心地でもあるそうです。その名の通り、天安バスターミナルからは、ソウル、光州、太田など様々な地方に行ける高速バスに乗ることができ、KTXなどの列車でも乗り換えなしに行ける地方がたくさんあります。

また、天安バスターミナルの周辺は「ヤウリ」と呼ばれていて、百貨店や書店や飲食店など何でも揃っています。ちょうど桜が咲き始めたのですが、桜の名所であり、その他にブドウも有名な都市だそうです。

私は今回の留学生活で、「留学生活を送る天安市について詳しくなる」ということを目標の一つに掲げているのですが、1か月過ごしてみて、天安市には他の都市や地方にはない面白い物がたくさんありそうな予感がしています。これからも放課後や週末にさまざまな場所を訪問し、天安市を案内できるようになりたいと思います。

この1か月間はたくさんの人と出会うことが出来ました。特に、毎日会っている語学堂のクラスメイトには刺激をもらっています。私は授業を受け、課題や予習をするだけでも大変だと感じてしまっていたのですが、クラスメイトの多くはアルバイトと勉学を両立しています。それにも関わらず、朝会うといつも明るく、韓国に来たばかりの私を気にかけてくれます。そんなみんなを見て、私も負けないように韓国での生活を充実させ、周りにいる人をもっと気にかけられる人になりたいと思うようになりました。

3月後半に入り、天安市はとても暖かい気候になりました。目的意識を高く持って過ごしたいと思います。

文学部 人文学科 東アジア言語文化専攻2年 上岡日和