
第十一回「日本語表現法」 授業担当:田口 寛先生(11/06/01)
本ページのお題は「学びの一コマ」ですが、拙文については「学びの3コマ」のほうが良いと思います。新任教員の私は、これまで大学院等では日本中世文学を勉強してきましたが、本学ではそちらの勉強に関わる授業の外に、3つ授業を担当しています。その名はいずれも「日本語表現法」。ただし3つの授業は対象となる学生が全て違います。それぞれ、韓国啓明大学校からの短期留学生、本学英語英文学科1年生、同日本文学科1年生です。
とはいうものの、私は基本的にどの授業でも、学生本人に文章を書いてもらって、それを匿名にして他の学生に意見を出してもらうという方法を一様に採っています。各個人の水準、もしくは各教室の水準がどの程度であっても、その方法が結局は各人にとって最も身につくだろうと考えているからです。自分が学生時代に受けた授業経験を参考にしていますが、本学のベテラン先生からも同じようなご見解を伺い、意を強くして始めました。
ですが、学生個人個人はいうまでもなく、教室単位で見ても、やはりそれぞれに特徴があって、自然と違う授業になっていきます。
啓明大学校の短期留学生は、学習意欲が旺盛です。一方で、本人たちにとって外国語である日本語の表現力に関しては、当然不十分な点も出てきます。であるのに、彼らとは半年にも満たない期間しか一緒に学べません。期間が短い上に、お互いに意欲が盛んなわけですので、毎回が大変慌ただしく、賑やかです。
英語英文科の学生は、「日本語」を論題にして皆でディスカッションを進めていくことについては不慣れなようです。ただ、こちらが話しかけている時の真摯な眼差しは、3授業の中では1番という印象を受けます。好感のある真面目な学生たちという表現が良く合っていると思います。
日文科の学生は、各人において母国語表現に対する一定のこだわりがあるのでしょう。比較的自信の強い学生は発言も活発です。他方で、下向き、内向 きという姿勢の学生も少なくありません。それぞれに文人っぽい、文学者っぽいと、いえなくもありません。
強いて心配な点を挙げるとすれば、啓明大学校の留学生も含め、総じて本学の学生は優しいということでしょうか。その優しさのために、授業や学問を 進展させ得るような次元の反論までもが躊躇されるほどです。いまはお互いにもじもじと恥ずかしがりながら、歩み寄っている状況なのかもしれません。
かくも様々な喜憂を無尽に抱ける、贅沢な3コマです。





















