第五回「中国古典Ⅳ」 授業担当:中尾健一郎先生(10/02/19)

 この授業では、唐代の二人の詩人、杜甫と白居易の漢詩を江戸時代の和刻本で、当時の人がどのように読んだかを視野に入れながら読んでいます。杜甫と言えば「春望」、白居易なら「長恨歌」などが高校の教科書に採られていますし、新聞のコラムにも時々登場しますので、名前だけなら見たり聞いたりすることがあるでしょう。しかし、杜甫がどのような時代に生きて、どのような人生を歩んだか。また白居易が「長恨歌」のほかにどのような作品を残しているのか、といったことは、特に若い年代の方には馴染みがないのではないかと思います。江戸時代の本をテキストにしていますから、高校で教わる漢文とは違って、常用漢字ではない難解な漢字や現代日本語にない言葉遣いを目にしたり、「使役」を表す字を再読文字として読んだりします。辞書や参考書にあたって漢詩の原文と格闘することになりますが、そのような面倒な思いをしてでも杜甫や白居易の詩の内容がわかるようになりたい人だけが、彼らの情緒豊かな詩の世界に入ってゆくことができるのです。

 2009年度の後期は、その後半に白居易の新楽府に収められている「青石」並びに「井底引銀瓶」を中心に読みました。「青石」は長安の南、終南山から切り出された石が、王朝に忠誠を尽くした人物の墓石となって、彼らの勲功を何時までも伝えたいと願うことを詠んだものです。白居易の生きた時代には、故人の生前の行いを誇張して石に彫ることが盛んに行われていました。そこで白居易は、語らないはずの石に語らせ、故人の生涯について、虚飾のない真実を記すべきであることを主張したのです。授業の中では作品を読むばかりでなく、洛陽附近で出土した墓誌銘の原拓本に実際にふれながら、日本と中国のお墓や墓石の違いなどについて紹介しました。
 「井底引銀瓶」は、親が子の結婚を決めていた時代に、自由恋愛によって結ばれた女性の悲劇を描いたものです。詳しくは述べませんが、白馬にまたがった貴公子に求愛されて彼の家に嫁入りした女性を待ち受けていたのは、現代人にはとても理解できない封建礼教の厚い壁でした。授業の中では、洋の東西を問わず理想の男性が「白馬」にまたがって登場するのは何故なのか、また新楽府の題にある「銀瓶」が象徴しているものは何なのか、といったことについて討議しました。受講者の皆さんは、詩の内容に共感を覚えたり、時には反発も感じたりしながら、杜甫や白居易の人間性の豊かさを知ることができたと思います。
 古典の世界には、わたしたちが共感できるものもあれば、まったく理解できない事柄もあります。しかし時代を超えて普遍的な人間の感情生活を知ることができるばかりでなく、現代とは違った価値観にふれることによって、わたしたちが当たり前のことのように思っていることが、実はそうではないことを気づかせてくれます。古典を学ぶこと、それから中国に限りませんが外国文学を学ぶことは、わたしたちの教養をより豊かにしてくれるはずです。

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