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北村薫『六の宮の姫君』紹介者:播磨桂子 (2009/10/16) 

紹介者:播磨桂子(日本語学)

 たとえば、「アルプスの少女ハイジ」のアニメを見て干し草のベッドに飛び込んでみたくなる。「ガラスの仮面」を愛読して演劇部に入る。ナイチンゲールの伝記を読んで看護師を目指す。...本や映画、漫画などに影響されて何かをやってみたくなるというのは多くの人に覚えがあることではないでしょうか。

 大学生にとって卒業への最大の関門ともいえるのが卒業論文ですが、「卒論に取り組みたくなる本」として、北村薫『六の宮の姫君』を紹介したいと思います。この本は『空飛ぶ馬』『夜の蝉』『秋の花』と続くシリーズの四作目。第一作の『空飛ぶ馬』で大学の文学部に入学した主人公は本作で卒業年次となり、芥川龍之介を卒論のテーマに選びます。そんな折、アルバイト先の出版社で、芥川と会ったこともある長老作家、田崎信と話す機会を得るのですが、芥川が自身の作品「六の宮の姫君」について言ったという「あれは玉突きだね。...いや、というよりはキャッチボールだ。」という言葉の真意を巡って、謎解き=研究がはじまるのです。

 大正末から昭和の初めという遠い過去の謎の一言、タイムマシーンに乗って芥川龍之介に「それってどういうこと?」と聞きにいくことはかないません。主人公は探偵となり、図書館や古書店のみならず、旅先のペンションや父親の本棚まで探って容疑者の手がかりを集め、「六の宮の姫君」を巡る背景の経緯をジグソーパズルのように組み立てていきます。あの日あのとき、芥川やその周辺の作家たちが何を見て何を思い、どう関わっていったのか。推理の中で名前や写真で知っていただけの文豪たちが生きた人間として動き出すかのよう、探偵の報告相手である友人の正ちゃんや落語家の円紫さんの合いの手もあって飽きさせません。

 偶然のように目の前に証拠物件が現れたときのドキドキ感、推理がつながったときのワクワク感、卒論を進めていく過程がミステリーとして実に魅力的に描かれていますが、それと同時に登場人物たちが現実生活の中で口にする言葉も実に魅力的。

 「絵を見たり音楽を聴いたりしたってさ、それで動かされるって結局、そこに自分を見つけるからじゃないのかなあ。小さい頃の自分を見つけて懐かしかったりする。今の自分を見ることだってある。それから、未来の自分。十年、二十年先の未来もあるだろうし、何万年先の未来もある。到底、手なんか届かない自分をさ、微か(かすか)に。」

 まずシリーズ第一作『空とぶ馬』から手にとって、主人公とともに大学4年間を過ごすのもいいかもしれません。

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