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ハンセン病を知っていますか?~菊池恵楓園訪問~(2019/04/17)

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日時:2019年2月26日(火)
場所:国立療養所 菊池恵楓園
参加者:10名

ハンセン病を知っていますか? ハンセン病は現代では完治する病気で、後遺症もほとんど残らず、また非常に弱い感染力しか持ちません。
しかし、身体の末端や神経に症状が出たことと、間違った知識から、かつては偏見・差別の対象となり、国家政策として患者の方が何十年も隔離された歴史があります。

二度とこのような歴史を繰り返さないためには、正しい知識を求め、根拠のない情報に流されずに社会にのぞむ力をつける必要があります。
本学では、長年にわたりハンセン病の回復者の方々の生活される菊池恵楓園を訪問しています。今回も学生8名と引率2名が訪問しました。ハンドベル部の音色をお届けするのも、毎年恒例となりました。
 

学生たちは、歴史資料館で知識を身に着け、入所者の方々に直接当時のお話を伺うことで、若い学生たちは差別のない社会を作ることを使命として受け取ったようです。

 

 

末尾ながら、毎年の訪問を快く受け入れてくださる菊池恵楓園の皆様、箕田園長先生、盲人会の皆様、スタッフの方々。あたたかいおもてなしに心より感謝を申し上げます。

以下、訪問した学生たちの感想をご覧ください。(学年は訪問した当時のものです)

文学部3年 福田沙耶香
園長さんによるハンセン病のお話では、ハンセン病と時代背景を合わせて確認できました。盲人会の方々との交流では入所者の方から、当時体験したことを聞くことができました。戦時中の暮らしの様子や、恵楓園にも空襲があったこと、患者の看病を同じ患者がしていたことなど、驚きました。
また、ハンセン病をめぐる裁判のお話もしていただきました。そのお話は思っているよりも最近のことでした。当事者が働きかけても、周りが動かなければできないことがあると聞き、私たちはもっと知らなければならないと感じました。

子ども学部3年 弘中悠一
「15歳の時、12月21日、土曜日」
私が交流した、盲人会のAさんが恵楓園に入所した日です。80年近く前の出来事ですが、何曜日だったのかまで、はっきりと覚えていました。Aさんは入所当時から、身体が不自由な他の入所者の世話をしていたそうです。入所当時のAさんは15歳、現代で考えると中学3年生です。中学生の少女が家族の元を離れ、外へ出ることも許されず、他人の世話をしながら生活をしているということです。そう考えると、私たちには想像しきれないほどの困難があったと思います。「12月21日が土曜日だった」と80年近く経った今でも覚えているほど、Aさんにとって人生が大きく変わった日だったのだと強く感じました。
しかし、「つらかったことも、苦しかったことも、今では全て懐かしい思い出です。」とAさんは語っていました。Aさんがそう思えるのは、「今の生活」があるからです。家族と会うことができたり、カラオケを趣味としていたり、「楽しみのある生活」を送っているからです。
私は現在、小学校教員を目指して学んでいます。教員になったら、子どもたちに「困難なことがあっても『生き抜く力』」を身に付けさせたいと考えています。Aさんをはじめとし、盲人会の方々はひどい差別を受けた歴史がありながら、現在まで力強く生き抜いています。私は、子どもたちがそのように生き抜いていける力を付けることができるような教員になりたいと考えました。
また、ハンセン病の元患者が受けてきたような差別は絶対にあってはいけません。学校の場で差別が始まると、それはいじめの始まりです。自分と少し違う、そのことは人の中に差別的な心を生みます。しかし、人はみな違って当たり前です。すべてが同じ人などいません。ハンセン病の元患者は、病気のせいで目につきやすい違いができてしまっただけです。人はみな違って当たり前なのに、違いが目につくからといって差別してよいはずがありません。このことは、子どもに事実として伝えていくだけでなく、子ども自身に、自分の問題として考えさせたいと思います。
ハンセン病の元患者の高齢化も進み、直接お話を聞ける機会は今後さらに少なくなっていきます。直接お話を聞かせていただいた人のひとりとして、子どもたちにこの歴史を伝え、考えさせていきたいと思いました。

文学部3年 村上野花
私は、今回の交流の場で、1人の女性と話すことが出来た。偶然、同郷だったこともあり、恵楓園に来たことによる家族との距離というものがどれほど遠いかを、漠然とではなくしっかりと想像することができた。
話して頂いた中で、最も印象的だったのは、家族と一緒に園に入っても別々の棟で生活を余儀なくされていたことだった。この方は、母親と共に来たのに、直ぐに別々にされたそうだった。当時10歳だったという。当時の日本がこのようなことを、国を挙げてしていたこと、また国民がその事に従事していたと考えると、「同調」とは、とても一大事を引き起こしかねないのだと思った。

子ども学部1年 広岡明日香
ハンセン病と聞くと、暗いイメージを持っていました。しかし、実際に話を聞くと、明るく、思ったままの感情を聞くことができ、気さくな方が多かったように感じました。
話を聞かせて頂く中で、印象的だった言葉は、昔受けていた差別を「今思えば全部懐かしい思い出」だと言われていたことです。しかし、その言葉と共に「もっと知ってもらいたい」という言葉を聞き、知ることの大事さを学ぶことが出来ました。
また、偏見から差別が生まれ、差別が大きくなることでさらなる偏見が増えていくように感じました。

文学部1年 佐藤里緒菜
私はIさんとお話しました。とても優しい方でした。
手足に変形や知覚麻痺が残っておられたようですが、自分でできることはなるべくされるそうで、洗濯を自分でしていると聞いてすごいと思いました。なぜなら私は洗濯すら自分でしていないからです。
職員の方がとてもよくしてくださるそうで、家族と同じと言われていました。
たくさんお話してくださって、明るくて可愛らしいおばあちゃんでした。ハンセン病の方は暗いイメージでした。でも元気でお話が好きな方が多くて、多くのことがありながら今では人生を楽しめておられるようでした。

子ども学部3年 岡崎悠太
私が今回の訪問で一番印象に残っていることは、Mさんのお話の中で、母親にものを渡す時に手に布を巻いて受け取ったということです。自分が同じ立場だったら耐えられないです。そして母親にはほとんど会うことができなかったということで、とても辛い思いをされたのだと感じました。やはり経験をされた方から直接話を聞くというのは思いの重さが違いました。
また、資料館を見学した時、ハンセン病に関係する事件が考えていた以上にたくさんあり驚きました。特に印象に残っている事件が菊池事件です。Mさんも話されていましたが、最後に死刑が執行される時、自分が今から殺されることを知らないまま死刑執行されたという話を聞いた時がゾッとしました。本当にひどい事件だと感じました。ぜひ無念を晴らして欲しいです。
ハンセン病の人権問題や差別問題はあまり知られていないというのが私の印象でした。私自身今回の訪問することが決まるまで、ハンセン病のことは名前ぐらいしか知らず、どのような病気なのか、どういった差別を受けていたのかはほとんど知りませんでした。しかし今回の訪問で当事者の方々から話を聞いて、本当に辛い経験をされて来たのだなと感じました。また日本でも強制的に連行し隔離するなどということが本当に起きていたのだと知り、何も知らなかった自分がとても情けないと感じました。
私はもっといろいろな人に知ってもらい、人権問題や差別について考え直してもらいたいと思います。そのためにも私自身もっと人権問題などについて勉強をしていき、教師になった時、子どもたちに日本にもこういった過去があったこと、絶対に差別はしてはいけないことを伝えていき、一人ひとりの人権を大事にしていけるような子どもを育てたいと思います。

文学部4年グェン ティ トウイ チャン(前略)一番印象を残った元患者さんはIさんです。Iさんは若い時から発病しました。お兄さんは若い時に、亡くなったそうです。非常に恐ろしい記憶を持っているIさんですが、私と話したときはいつも笑っておられました。全然悲しい姿を見せなかったです。目が見えないのですが、心が若々しく、前向きに毎日の生活を送っておられました。Iさんにとって、今、家族が自分のことをわかってくれていて、たまに会いに来てくれて、話し合うことができることが、一番うれしいことだそうです。
今回の菊池恵楓園に参加して、よかったと思います。今まで誤解されたハンセン病を自分が正しく理解できましたからです。差別をなくすため、身近なところでは友人や家族との会話などの機会を通して伝えていきます。

聴講生 廣中 光子
ご縁をかんがえる
近いうちにお訪ねしますと電話をいれると「どんなご縁で毎年ねぇ、嬉しくてね」とAさんの弾んだ声。
私が恵楓園を訪問するようになって七年、交流の談笑も少しずつ変化する。いろんなことが懐かしい思い出になった。家族に優しくされることが一番嬉しい。終わり良ければ全て良しという気持ちになると八十歳九十歳になった入所の方は話す。
詩人の塔和子は、捨てたことと捨てられたことは出会いと別れほどのちがいだったと一四歳で島の療養所に隔離された過酷な現実を詩に。法に拘束された生活は人権無視という言葉では言い尽くせない。全てのハンセン病患者に「人間」を問う闘いがあった。私たちはそれらを知ることで学んだものがある。学んだことをどんな形にして受けつぐのか、入所者の思いにどう共有できるかはそれぞれの感性に問われる。毎年自分の体験を語る長州さんは柔和な気持ちだけでは生きてはいけん、人権に関することは黙っておってはいけんと言う。気持ち和む生活が出来るようになった今に感謝しながらも無実の罪で死刑にされた入所者の尊厳のために裁判を起こしていると話す。私は、どんなご縁で今があるのか自分に問うている。そして学んだ自分がすべきこれからの事も。

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