
インディアナ州立大学からの交換留学生が学生礼拝を担当(10/07/29)
インディアナ州立大学からの交換留学生JackとChelseyが学生礼拝を担当しました。一年間の梅光学院大学での留学生活を振り返り、話してくれました。以下がスピーチの内容です。
私はシアンコネ・ジョンと申します。みんなからはジャックと呼ばれています。今日は礼拝の時間をお借りして、みなさんに留学で学んだことをお話したいと思います。
私は日本へ来る前、日本語と日本の文化だけを勉強すると思っていました。しかし実際来てみて、日本語の勉強以外に日本での生活の中で大切なことを二つ学びました。
まず一つ目。アメリカで、私は何でも自分でしていました。私は友達に迷惑をかけたくない、それでいつも一人で問題を解決してきました。しかし、日本に来て、私は日本語があまり話せないため、とつぜん、生活が難しくなりました。私はかんたんなことすらできませんでした。こんな体験は初めてでしたから、どうしたらいいかわかりませんでした。そこで私は初めて人々に頼りました。最初は難しかったです。私ははじめ人々を信頼しませんでしたが、梅光の学生や先生はとても優しく、助けてくれました。それから私はだんだん人々を頼るようになりました。私は人を信頼す ることを学んでいなければ、日本での留学生活は確実に失敗していたと思います。
このように日本でいろんなことを学びました。お世話になった先生方、学生のみなさん、本当にありがとうございました。これは永遠のさよならではありません。またどこかで会いましょう!
ジャック
アメリカでは大勢の人が大学生の時に留学します。それは大人として成長するためです。彼らはそれぞれいろんな国へ行きますが、ほとんどの学生は英語ができる国へ行き、英語で授業をとります。これは比較的楽だと思います。しかし、中には英語圏以外の国へ行き、その国の言語で授業をとる学生もいます。その場合、現地で友達をたくさんつくって、言葉を教えてもらわなければなりません。私の場合はそれに加え、友達を通して自分の性格についても新たに気づかせてもらいました。
日本に来て、周りの人からいつも「何で日本に来ましたか?」と聞かれ、私は「わかりません。」と答えていましたが、今その質問に答えます。「私は変わるために日本に来ました」。
日本に来る前、私は自信が持てず、いつも心配していました。「みんなは私のこと好きになってくれないだろう」とか「私は日本語がすごくへただから、きっとみんな私のことを笑うにちがいない」とか・・・。アメリカで日本語を教えてくださった先生も「たぶんチェルシーは恥ずかしがりやだから、恥ずかしがらずに日本語を使いなさい」とおっしゃいました。 そのため、日本に来た当初はあまり日本語で話せませんでした。自然に私の周りには英語ができる友達がたくさんできました。
また、春休みに海響館でインターンシップとしてイルカやアシカやスナメリ、アザラシの世話をした時も、上司とは日本語と英語でコミュニケーションをとりました。海響館での経験から日本語の聞き取りが上達しましたし、業務や海に関することばもたくさん教えてもらいました。たとえば片付け、さば、ししゃもなど...。そして私は少しずつ自信が持てるようになりました。
春休み以降は私の周りに英語ができる友達よりも日本語を使う友達が多くなりました。私ははじめ日本語を話すとき、緊張して、たくさん間違いました。間違えることが恥ずかしかったのです。しかし、時間が経つにつれて安心して話せるようになりました。今でも時々友達は私の言っていることがわからず、笑うこともありますが、そんなときは私も一緒にわらいとばします。その友達のおかげで私はちょっとずつ自信が持てるようになりました。
学年の前半は日本語がわからなかったので英語で授業を受けました。英語の授業も面白かったですが、もっと日本語を習いたかったです。それで後半は他の留学生と一緒に日本語の授業をたくさんとりました。日本語の授業は難しかったですが、それがまた私の自信につながりました。
梅光での大学生活は私にとって素晴らしい1年でした。先生や友達のおかげで日本語も上達し、いい思い出もたくさんでき、本当に幸せでした。
梅光のおかげで私の性格は変わりました。梅光のおかげで私は自信が持てました。
チェルシー



























