
秋季宗教講演会の報告(09/11/12)
【開催日時】2009年10月22日(木)13:25~15:00
【会場】
スタージェスホール
【講師】
ジャック&恵子・マーシャル 先生
【お話のタイトル】
"From Death in Adam to Life in Christ."―アダムにある死からキリストにある命へ―
【お話の要旨】
最初の人アダムは、イブとともにエデンの園にいました。そこは「死」というものがない、すばらしい所でした。神様は、園にあるどんな実も食べてよい、とおっしゃいました。ただし、善悪を知る木の実だけは食べてはならない、もし食べたらあなたは死ぬ、と警告されました。
しかしアダムとイブは、神様の命令にそむいて禁断の木の実を食べてしまいました。この彼らの不従順により、それまでなかった「死」が人類に入ってきたのです。この死とは、肉体的な死と霊的な死です。この時から、人間は必ず肉体的に死ぬことになってしまいました。さらに不幸なことに、霊的に死ぬ、すなわち神様と断絶することになりました。
アダムとイブが神様の命令にそむいたのは、蛇の誘惑を聞き入れたからでした。その誘惑とは、「禁断の木の実を食べれば神のように賢くなる」というものでした。しかし、食べた二人が気づいたのは、自分たちが裸であることでした。二人は木の葉で身を覆って、神様から身を隠しました。神様が「あなたはどこにいるのか。」と尋ねると、「裸なので身を隠しました。」とアダムは答えました。それ以来、人間は神様から身を隠し、神様を恐れおののくようになりました。すべてをご存知の神様の前に立つことができなくなったのです。
それでも神様は二人を見捨てず、二人のために着るものを与えられました。それは動物の毛皮でした。動物の毛皮ですから、その動物は殺されなければなりません。こうして今まで死のなかった世界で初めて、いのちが奪われ血が流されたのです。神様にそむいて神様の前に立てない二人のために、この動物は殺されました。血が流されることによって、二人の罪が覆われたのです。 2000年前、神様は全人類のそむきをゆるし、人間が再び神様の前に立てるようにご計画されました。それは、神様がご自身のひとり子イエスをこの世に送り、人間の罪をあがなういけにえの子羊として血を流すことでした。つまり、イエス様が十字架の上で死ぬことでした。神のひとり子が死ぬことにより、人間の罪のゆるしが与えられたのです。
アダムは、不従順な人類の代表です。この不従順は、霊的な死と神のさばきをもたらしました。イエス様は、従順な人類の代表です。イエス様の死により、人間は霊的な死から解放され、神様との変えられた人生を歩むことができるのです。皆さん、イエス様と歩調を合わせて下さい。そして私たちがもつ喜びを体験してください。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」 (ヨハネによる福音書 3章 16節)
秋季宗教講演会感想
日本文学科三年 藤山佳子
まるで本当に掛け合い漫才を見ているかのような、お二人の息の合った絶妙な通訳の間合いがとても印象的な講演会でした。お話の中に出てきた、アダムとイウ゛、人類の祖先とされる2人の罪。神に対して犯した過ちのことを罪というのだとおっしゃられるのを聞きながら、以前、英語には罪という意味の単語が2つあると聞いたのを思い出しました。感慨深く興味そそられるものがあり、とても有意義な時間でした。ありがとうございました。
日本文学科三年 安永有希
講演会の後の懇親会では男女の恋愛や結婚についての質問が多く、マーシャル氏本人も「まるで結婚相談室のようだ」と言っておられました。その中で「神に近付くことで人間同士が近くなる」と語られたことが印象に残っています。妻が隣にいて神と向き合いながら生き抜くことが、結婚において一番大切なことだと学びました。
「結婚式は二、三時間ですが、結婚は一生です。」
マーシャル夫妻の良い関係を見て、自分も慎重に人生を歩んでゆきたいと思いました。



























