
【春季】:「真の自由とは」ヒュー・ブラウン先生【2008.6.18】
日時:2008年6月18日(水) 13:25~15:00
場所:梅光学院大学 スタージェス・ホール
講師:ヒュー・ブラウン先生
(現西播磨キリスト教会・牧師、元テロリスト)
メッセージ:「真の自由とは」
~ヒュー・ブラウン先生プロフィール~
1957年生まれ。血みどろのテロが繰り広げられた北アイルランド・ベルファースト出身。カトリック系のテロ組織IRAと激しく対立した、プロテスタント系テロ組織「北アイルランド・アルスター義勇軍」(UVF)に誘われ、組織に入る。その後、逮捕され、服役。刑務所でクリスチャンとなる。
1985年、宣教師として兵庫県に来日。西播磨キリスト教会牧師。各地で講演会、不良少年の更生に奔走。
著書に『なぜ、人を殺してはいけないのですか』(幻冬舎)。
春季宗教講演会がヒュー・ブラウン先生(元テロリスト、現 西播磨キリスト教会牧師)をお迎えして行なわれました。お話の内容と学生の感想は以下の通りです。
もし二十歳までの私が「真の自由とは?」と尋ねられたら、「好きなことを何でもすること。」と答えたでしょう。しかしこれは真の自由ではないですし、このような自由を追い求めると、最終的にすべての自由を失うことになります。私は二十歳の時に真の自由を体験することによって、このことに気づいたのです。
私は北アイルランドのベルファーストに生まれました。12歳の頃に北アイルランド紛争が始まり、15歳の時に私はIRAの対抗組織、アイルランド・アルスター義勇軍(UVF)に誘われてテロ組織に加わりました。
なぜ人はテロリストになるのでしょうか?理由は三つあります。一つは、紛争地の中で家族・民族を守れば英雄だからです。英雄は少年の憧れの的です。もう一つは、人は刺激を求めるからです。秘密組織に加わり武器を操ることは想像以上に刺激的なことです。まるで映画の中にいるようです。三つ目は、当時どこかの組織に属さないと家から出られないような状況にあったことです。
こうして私は三年もの間、殺人、爆破テロ、銀行強盗などに参画しました。16歳の時、対立組織に拉致されて拷問を受け、両膝を拳銃で打ち抜かれてしまいました。命からがら助かった私はボスから信頼されて、18歳の時には60人部隊のリーダーとなりました。しかし、3ヵ月後にイギリスの政治犯として逮捕されました。
服役中、「ベンハー」という映画を見ていると、キリストの公開処刑の場面が目にとまりました。「キリストは自分の身で私たちの罪を負ってくださる。」というナレーションを聞いた私は、二つのことに気づきました。
一つは、自分自身の罪についてです。私は幼い時からの不良で、ついにはテロ組織に参加して自分勝手に生きてきました。このことに気づかなかった罪が最大の罪であったことを理解しました。つまり、不信仰の罪です。自分の人生を自分勝手に生きる権利があると思うことです。二つ目は、自己中心、不信仰な生活から自分を救うためにキリストが十字架にかかったことです。私は、キリストの十字架・神の愛が刑務所に来て初めて分かりました。そしてクリスチャンになりたい、二度と過ちを繰り返したくないと思いました。
私はテロ組織から決別しなければいけないと考えました。しかし組織の裏切り者は殺されます。一晩中考えた末、決別する決心をしました。私は「赦してください。」と神に祈りました。そして確信を求めて聖書を読み始めました。最初は疑いもありましたが、二週間後に心の目が開かれて、私の祈りが答えられたという確信が与えられました。そして、赦されたことの喜びが心の底から湧き出てきました。
この体験を通して、私は真の自由そして心の平安が与えられました。憎しみから開放される心の自由をいただいたのです。20歳の時でした。私の証言を聞いた仲間たちはキリストを求めるようになりました。そしてアイルランドの平和のために貢献するようになりました。IRAの中にも変えられた人たちがいます。
「イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。『わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。』」(ヨハネによる福音書 8章 31~32節)。

2008年度春期宗教講演会 感想
テロリストから宣教師へと転身されたヒュー・ブラウン先生の講演と懇談会での話を聞き、私は自分自身と向き合いました。人を殺すことだけが「罪」ではない、嘘をつくことも盗みをすることも人を傷付けることも、悲しむ人が存在する時点でそれら全てが同じ「罪」であるということを知り、私自身も多くの「罪」を犯しているのだと気付きました。
私達人間は表面上を取り繕うとして自分を偽ります。それ故に、自分のことも相手のことも許すことができず、貶すか憎むことしかできません。自分を偽ることなく、もっと素直に生きられるような自分でありたいと、今回の講演を聞いてそう思いました。そして私も、許すことのできる人間でありたいと感じました。






















