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〜野の花が教えてくれる〜

「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか」
『マタイによる福音書』6章28節〜30節』

 この箇所は、山上の説教と呼ばれる、イエス様がお話しされたことの記録です。イエス様のお言葉には、愛や希望や慰めや思いやり、そして時々厳しいお言葉もあります。
 この「野の花」の部分は、イエス様のお言葉の中でも、最も美しいお言葉の一つです。
 私たちは、『聖書』から神様のことを知ることができます。ですから、私たちは『聖書』を読むことを大切にしています。しかし、もしも『聖書』が手元になければ、私たちは神様のことを知ることができないのでしょうか。
 『聖書』があることはもちろん大切なことですが、『聖書』がなくても、私たちは、神様がお造りになった、すばらしい自然の姿から神様を知ることができるのです。
 『創世記』を読んでみると、天地は神様が創造されました。そして、創造された地上のさまざまな物体や生き物など、つまり自然の姿を見て、「良し」とされたのです。イエス様は「空の鳥を見よ。野の花を見よ。」と言われました。聖書がない場合でも、私たちは、この自然の姿から神様の思いを感じ、考え、信じることができるのです。神様がお造りになった自然は、何と美しいのでしょう。
 日本の風土で言えば、美しい季節の変化や虫の声などに、それを感じ取ることができるのではないでしょうか。春には春の、夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の、美しい自然に耳を傾け、神様の静かな声を聴いてみませんか。(園長 松永章)