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 合同修養会感想
 
  2007年10月4日、5日、修養会(宗教講演会)を行いました。今年度は講師に犬養光博先生、下稲葉康之先生の2人の先生をお迎えしました。下記に生徒の感想文を掲載いたします。
 
☆ 講師の先生方のプロフィール ☆
犬養 光博 先生
  1939年、大阪に生まれる。1965年、同志社大学大学院神学部卒業。学生の頃から「筑豊の子供を守る会」のキャラバン隊の一員として関わっていた筑豊の一隅で日本基督教団福吉伝道所を開設、現在に至る。その間、カネミ油症事件、指紋押捺拒否闘争、全国愛農会、ハンセン病療養所等に関わった。著書『筑豊に生きて』『弔旗』『析出する祈り〜犬養光博発言集上下』
 
下稲葉 康之 先生
  1938年、鹿児島に生まれる。1963年、九州大学医学部卒業。1964年、九大医学部第二内科入局。1965年、西独ボン大学留学。1967年、医療法人古森病院に勤務しつつ、福岡市東区香住丘にて開拓伝道に従事し、香住丘キリスト福音教会を創設。伝道者として奉仕。1980年、粕屋郡志免町・亀山病院勤務となり、末期医療(ホスピス)を担当。1986年、福岡亀山栄光病院として新築オ−プン、副院長・ホスピス長に就任。現在、特別医療法人栄光会副理事長、栄光病院院長・ホスピス長、香住丘キリスト福音教会協力牧師。
   犬養 光博先生の講演を聞いて
(高3生徒感想文)
  犬養先生の講演を聞く前に、私は以前、宗教の授業でハンセン病について聞いたことがありました。私はその時まで、ハンセン病について何も知りませんでした。ハンセン病により、隔離された人がたくさんいたことを知った時は、衝撃を受けました。けれど実際は、人に感染する可能性がとても低いもので、今の医術で治すことができるにもかかわらず、多くの人々が隔離されていました。犬養先生の講演の中にもあった「ハンセン病になるくらいなら死んだ方がまし」という人々の考えによって生み出された壁に、辛い思いをした多くの人がいたと思うと、胸を締め付けられるような思いがしました。しかし、「人は足の裏でつながっている」という言葉を聞いた時、この言葉の素晴らしさに気付かされました。もしハンセン病に対して、差別的な意見を持っていた人達が、このような言葉をハンセン病で苦しんでいる人達に言ってあげることができたなら、どれだけの人が共に喜ぶことができたのだろうと考えました。
  また、先生のお話で、エビの頭ばかりを食べている子ども達がいれば、エビの胴体ばかり食べている日本の子ども達もいるのだということも知りました。私達の今の生活は豊か過ぎて、人と人がつながっているのに、つながっていることに気付くことができません。私も今まで気付くことができなかった一人です。けれど、大切なことは、これまで気付くことができなかったことを悔いるのではなく、これからどうしていけばいいのかを考えていくことだと思いました。犬養先生が私達に伝えて下さった「つながっていることの豊かさ、すばらしさに気付くこと。良いこと、悪いことも含めて私達はつながっている」ということを、今度は私達が伝える番だと思いました。今日、犬養先生が講演されたことを心に留め、人と人とがつながっていることの素晴らしさを実感したいと思いました。今日は本当にありがとうございました。
 
(中2生徒感想文)
  私は今日、犬養先生の「人とつながって生きる」というお話が聞けて本当に良かったと思いました。犬養先生のお話はとても分かりやすく、よく気持ちが伝わりました。私はあの女子高生のように、時々自分が一人ぼっちの様に思えて、心にポカンと穴があいたように感じる時があります。私の友人も以前に同じようなことを言っていました。しかし、今日、先生がおっしゃっていた「きみは大地をふみしめている多くの人とつながている。自分一人じゃない。死んだ人とも生まれてくる人ともつながっているんです。」という言葉を聞いて、ほっとしたし、「前向きな自分でがんばろう」というやる気も起きました。また、「メダカの水槽」の話では、先生の「同じ水槽の中に私達はいっしょに生きているということを考えなければならない」という言葉が心に残りました。私達は現代の忙しい生活の中で「自分さえ良ければ」という考えだけで動いていると思います。これからは、その考えだけでは生きていけないと思うので、先生の言葉をいつも心にとめて、自己中心的な自分が出たときには、このことを思い出そうと思います。
 「カネミ油症事件」、「ハンセン病」の話を聞いた時に、ふと、「もしその時私がいたらどうしていただろう。」と考えました。たぶん私は他人事だと思って何もしないと思います。このような悪い考えが当時にもあったからこそ、人と人との間に厚い壁ができたんだと思います。
 私は今回、犬養先生の話を聞いて、自分の気付いていない自分、悪い自分が見えました。このことを生かして、今も苦しんでいる人達のために、何か私達にできることをしたいと思いました。「いいことも、悪いこともすべてがだれかとつながっている」この言葉をよく考えて生きていきたいです。
 
   下稲葉 康之先生の講演を聞いて
(高1生徒感想文)
 私は今、下稲葉先生のお話を聞いて「ホスピス」という言葉を初めて知りました。そしてホスピスというのは、末期ガンの患者の心と魂のお世話をするだけでなく、親子、夫婦としての会話ができるようお手伝いし、死と向き合う人々が幸福な死を迎えられる、そんな場所なのだということでした。最初にVTRを見て、すごいなあと思いました。VTRの中の女性は死に直面しているのに、いつも笑顔を失わずに生きている。私がもしそんな立場にあったら、あんな風にしていられるのだろうかとすごく思いました。また、16歳の少女のお話は、私の中で一番心に残るお話でした。私も今16歳ですが、その人は自分と同じ歳でガンを宣告されたのだと思うと、とても考えられないです。しかも彼女は以前にも幼くしてガンを発症しているとなれば、治療の苦しさは知っているわけですから、初めて経験する人とは違うのだと思いました。わずか16歳での死との対面が、どれほど恐ろしいものか想像もつきません。しかし、彼女は死を迎えるということを受け入れたのだと思うとやはりすごいです。他にもいくつかの例をあげられましたが、そのどれもが、本当に素晴らしく、死と向き合っている患者さんもすごいけれど、何よりもそばで支えてくれている家族の存在の尊さを改めて感じることができました。今日のお話で、ホスピスがどれ程素晴らしいかを、キリスト教のすごさを、理解することができました。先生が最後に言われた「see you again」という言葉と「そう信じなければ生きてゆけない」という言葉は、今日のお話の中で一番私の心に響いてきました。本当にその通りだと思います。良いお話を聞けてとても良かったです。
 
(中3生徒感想文)
 今日の修養会での下稲葉先生のお話を聞いて、私の祖母が亡くなった時のことを思い出しました。私の祖母も、亡くなる前に「幸せな最期が良い」と言っていました。祖母の最期は痛みで苦しかっただろうと思います。もし祖母がホスピスに入っていたら、どうなっていたでしょう。祖母の言う「幸せな最期」を迎えることができていたのでしょうか。
 私は、ホスピスというものを知っていました。祖母が癌で入院した時に、母が「病院」や「癌」の本をたくさん買って来て、その中に「ホスピス」の本も入っていたからです。だから、今日の話はとても分かりやすく、とても身近なこととして聞いていました。祖母と重ねて思わず涙がこぼれてしまいそうになりました。VTRの女性と祖母の言った「幸せな死」というものは、一緒なのか違うのか、今となっては分かりませんが、人は最期に「幸せ」を望んで、それを叶えてあげるのが、家族や医師なのだと思いました。
 私は祖母の苦しみながらの死を見て、「死ぬこと」が恐いと思っていたけれど、死は「人生のむなしい終着駅」ではなく、新たなスタ−トとなって、イエス様の近くに行けるものだと言われ、恐れがなくなりました。私が死ぬときも、「幸せな死」を迎えたいと思いました。
 
 
梅光女学院高等学校・中学校
 


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